SGの中止順延

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開催中のオールスターは初日が中止順延となったが、SGで中止順延となったのは、18年8月に丸亀で開催されたメモリアル3日目以来のこと。96年以降では8件目となる。

過去7件の中止順延は以下の通り6月から10月にかけて起こっており、いずれも台風によるもの。今回のように台風以外の天候不良で中止順延となるのは異例の出来事になるわけだ。

97年6月 尼崎 グラチャン 3日目

04年7月 若松 オーシャン 5日目

05年7月 桐生 オーシャン 初日

09年10月 尼崎 ダービー 2日目

13年10月 平和島ダービー 2日目

14年10月 常滑 ダービー 初日

18年8月 丸亀 メモリアル 3日目

古いほうのレースを振り返ってみよう。

97年グラチャンは市川哲也がSG初優勝を飾った大会。この時の市川は出場選手の中で登録が下から4番目の若手だったが、前年に新鋭王座でGI初優勝すると立て続けに記念を3つ獲得し、このグラチャン前にも笹川賞でSG初優出、さらに若松周年を勝って絶好調で乗り込んできていた。

前半は台風の影響で荒れた天候ながら、市川は驚速スタートを連発、節間でゼロ台5本を記録しオール2連対、最後はインから圧勝した。ちなみにこの3日目の中止順延は、SGとしては1974年の常滑鳳凰賞(現クラシック)以来、実に23年ぶりのことだった。

04年のオーシャンカップは西日本では初めてとなるナイター開催のSG。中止となったのは準優日の5日目で、これが選手のリズムを狂わせたか、翌日開催された準優では10Rと11Rでフライングが発生、優勝戦1号艇にSG初出場の村田修次が座るという展開になった。

しかし優勝したのは田村隆信。優勝戦では5カドからグングンと伸び、スリット後には他艇を置き去りにしての圧勝となった。田村は当時デビュー4年8ヶ月目、登録4000番台選手のSG初優勝だった。

05年オーシャンカップの開催は桐生。97年に最初のナイターレース場となった桐生だが、SGをナイターで開催するのは8年目にして初めてのこと。1日遅れた初日こそ前半は風が強く安定板装着も、夜になってそれも外され、以降は穏やかな天候のもと開催された。

優勝したのは地元の江口晃生。優勝戦前には「シリーズ前から(上位機の)15号機を引いて勝つイメージを描いてきたが、その通りに来ている」と笑顔さえ浮かべ、最後はインの植木通彦をまくって優勝。枠番抽選で3号艇を引いたときからまくり宣言、差し屋の江口が伸び型に調整し、悲願の地元SG優勝を遂げた。