現役生活40年、ファンに愛されたグレートマザー・日高逸子の歴史

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“グレートマザー”の愛称で親しまれた日高逸子が8月22日、自身のブログで引退を発表した。デビュー当初から女子の一線で活躍し、2度の産休を経てもなおトップレーサーとして走り続けた。気が付けば女子の最年長レーサーとなり、水面を駆け抜けた40年。そんな日高の航跡をたどっていこう。

テレビCMで一念発起

日高逸子は1961年10月7日、宮崎県串間市出身で、高校卒業後の1年間、地元の信用金庫に就職。19歳の時に上京し、製菓学校や旅行専門学校に通い、卒業。就職も決まっていたが、当時鈴木弓子が出演していたボートレーサー募集のテレビCMを見て一念発起。「私もやれるかも」と、就職をやめて養成所の門を叩いた。

85年5月、芦屋でデビュー。デビュー戦は6コースからスタートを決めて一気にまくった。しかし2マークで差されて2着に終わったが、「よし、やっていけそう」と自信を付けた。

初優勝は2年目の桐生で達成。この年から始まった女子リーグの第3戦、石井珠美との接戦を最終コーナーで制し、水神祭を挙げた。続く第4戦(蒲郡)、第6戦(大村)でも優勝し、最優秀新人に準じる活躍ということで、敢闘選手に選ばれた。