強豪が“地元水面”を走れないことも!

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村上純

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村上純

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先日終了した児島のクラシック。ここに村上純が参戦していて、実況では「地元の村上純」とアナウンスしていたが、これには少々違和感を覚えた人がいたかもしれない。というのも村上は確かに岡山支部の強豪だが、地元の児島をずっと走っていなかったからだ。なにしろ最後に児島を走った記録を見つけるには、2004年のお盆開催までさかのぼらなければならないほどだ。

この村上に限らず、地元のレース水面を長いこと走っていない選手を時々見かける。強豪かそうでないかにかかわらず、選手が“地元水面”を走らない事情はいくつかある。

最も多い理由は、地元のレース場に血縁者が勤務していること。ボートの場合、レース場の関係者の子息が選手になるケースは多い。そのため、子供や親戚が選手デビューするまでに退職する人もいるが、勤務を続けていた場合は、公正を期す意味で選手の方が原則としてその場は走れないことになっている。変わった例では、お父さんが地元場の予想屋さんだったので、そこで走れない選手もいた。

二番目に多い理由は、地元のレース場で、各場の内規に違反したりスタート事故や妨害失格を重ねたりしたケース。レース場側であっせんの拒否をすることがある。ただしSGやGIなどの特別レースでは、特例として出場を認める場合もある。

また地元のレース場が長期間工事をしていた場合は、当然ながら出走機会がない。徳島の若手選手に鳴門出走歴が少ないのは、約2年間護岸工事をしていた影響が大きい。こうした事情は昔から意外に多く、60期の小野信樹に話を聞いた時、「僕と(同県同期の)川崎智幸は宮島デビューです」と教えてくれたことがある。

もっともこれらの選手にとっても、同支部の練習や後輩の指導などで地元の場に来ることはあるので、全く走らないわけではない。とはいえ実戦を走っていないので、やはり「地元のアドバンテージ」はほとんどないと考えた方が無難だろう。冒頭で触れた村上は今回のクラシックが2度目のSG出場であったが、着外を並べて残念ながら予選敗退。歯痒かったろうが、実力を発揮しきれない事情もあったというわけだ。