日刊編集後記


2013/3/22

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働き始めてかれこれ30年近く経とうというのに、私はクレジットカードなるものをもっておりませんでした。別にいらないじゃん、と。しかし遂にというか、持たざるをえない状況が出来いたしまして、しかたなく作りました。

なんでこんなものが金の代わりになるのかという気がしないでもないですが、それはまあ非常に時代遅れも甚だしい認識であるということは認識しておりまして、しかしながら便利な半面落とし穴もあるはずだという私の認識は、先進的な皆様からすればそれこそ石橋をブチ壊しながら渡るようなもんだぞいと言われてしまうことも十分認識しておる次第です。

さてその後、1週間ほどカードをどかどかと使い、サインをしまくりました。長~いリストを見せられまして、はい私が使いましたよというサインも致しました。で数日後にアンタがこれから払う金額はカクカク・シカジカですよという連絡もいただきました。何事も無く。その結果、確かに文明の利器であることを確認いたした次第です。

しかし。一昨日、ヘンテコなメールがある施設から届きました。こんなことが書かれていました。
「おんどりゃ~、添付のレシートのコピーを見てみろや~。こりゃあ○月○日にウチの飯屋が入手したもんじゃ。でもってその金は他の野郎にチャージされよったんが、こりゃおんどりゃーのもんじゃ。分かってんだろーな。なんか言い分あったらいつでも聞いてやるからよーく覚えとけ。またいつでもウチの施設に遊びに来いよな、待ってるぜ」

添付されていたのは確かに私がサインした覚えのあるリストで、しかしながら末尾には私の持っている控えにはない250ドルという金額が書き込まれ、その下には同額分が引き落とされた状態になっていたのであります。件の飯屋で私がサインしたレシートのPDFも添付されておりました。

私が確かに食事をしたところなんで、追加で課金されてもOKなんですが。ちょっと思ったのは、私が「他の野郎」さんの立場だったとしたらってことです。多分、あの長いリストの中に自分のあずかり知らない金額がしれっと紛れ込んでいてもきっと気づかないだろうなってこと。

やはり便利な半面落とし穴もあるという事を、改めて強く思ったのでした。

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from 呆

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